人気ブログランキング |
<   2008年 08月 ( 9 )   > この月の画像一覧
通勤生活始まる。
というわけで、毎日RotterdamのBerlage instituteで作業をし始めた今日この頃だけど、余りの急発進に驚きを隠せないでいる。

今までの進度の遅さに対して、このハイスピードは正直予想しておらず面食らった感がある。
英語のレクチャーを完全に浴びせられながら出発前に出来ることをやろうみたいな感じなのだけど、またもや完全に足を引っ張っている感が否めません。
このプロジェクトでは自分が今まで体験してこなかったことをこの機会に体験してできるだけのゼネラルなものを得ようというのがコンセプトなのだけど、余りに情報量が多すぎて完全にちぎられてしまっている。

そして、ムスリムが。。。とか、Roman Architectureが。。。とか言われても正直、全然分からない。
レクチャーで言われていた内容を日本語でフォローアップしようと試みたものの、思ったように検索がヒットしない所などはこれが分からないのは半分は僕の不勉強のせいではないと思ってはみたものの、僕が2ヶ月で習得したいなと思っている位の知識は既に前提になっているようだ。

「完全に新しい知識や文化」を英語力不足が伴って消化不良になっている辺り、やはり僕の英語力は永久にコミュニケーションレベルに過ぎないと痛感している。
アカデミックレベルに到達するのに必要なのは発言力よりも理解力だ。

発言の場合には「中身」と「論理」があれば意外とすんなり行くけれども、読む、聞くなどの受身側の能力が低いとどうしても置いて行かれていってしまう。

う〜ん、困った。

ちゃんと終えられるかな…。気持ち切らしたら一瞬で止めるな、これ。

といった不安を抱えながらも金曜日からはシリアに行ってきます。
今回行かねば一生こういった途上国に足を踏み入れることはないのだろうと切に思うので、自分の知らない世界を見てこようと思います。
そこまで貧困の国ではないらしいのだけど、電車が機能しないとか、家庭の年収20万円とか一体どのような世界が広がっているのでしょうか。
写真は見たけれども、実際の雰囲気とかは全く想像ができない。

そして、シリアを訪れて3日目からは何とラマダンが始まります。。。
しかも、天気予報の最高気温は大体40度くらい。。。

僕らが訪ねるアレッポ(ハラブ)という都市は何の特徴も観光資源になるような魅力もないGrey city (generic city)の良い例らしく、潔癖症の日本人からしてみれば汚い場所であることも当然で、正直、好きになることはないと思うけどしっかりとそのカルチャーショックを受け止めてみたいと思う。

全く謎だ。。。
by machine1984 | 2008-08-28 06:06 | 建築
さいごの週末
駆り立てられていないことに一生懸命になるのは無理だと悟ったので、色々な事をやろうとするのは諦めた。
やろうと思っていた3Dソフトの練習も然り。英語の建築本も然り。

今週は良く飲んだ。

ある日はオランダ人の友人達と飲み過ぎて、帰りに自転車で転倒して、自転車を凹まし、ライトを砕き、自分も怪我をした。
朝起きたら何故かヤケドもしていた。

ある日はアムスで知り合いの日本人お姉様にワインをなみなみとつがれ、楽しすぎたのでグビグビ飲んでいたら、勢い余ってヤケドの水ぶくれを潰した。翌日には二日酔いで(いつもと比較にならないほどの)手の震えが僕を襲い、昼に学食で買った一杯の牛乳をこぼした。

ある日起きたら、前日に着ていたパーカーとパンツのポケットに大量のピーナッツが入っていた。

今週は本当に良く飲んだ。

まだ謎のベールに包まれたインドネシア人ルームメイトもやってきた。

デルフトではとても貴重な日本人のマスターの女の子もやってきた。

夏が終わり、秋の訪れのはじめの一歩と共に新学期もやってくる。

余りにも気候が良すぎたこともあって、日向ぼっこだけで一日が過ぎていくことなんてあるのかと身を以て体験したし、カフェもバーも行きまくった。街歩きと称して、全く関係ない建築本を買ったり、オシャレショップを見つけては5着くらい試着して店員とぺちゃくちゃ喋った挙げ句何も買わなかったり。

この夏休みは23年間の人生の中で最も怠惰だったけど、少しは人生の幅を広げられる経験かな。
東京にいたら、絶対にこんな夏休みの過ごし方できないし。

っと、こんな柔らかい感じで、夏休み最後の日記になるけど、シリアのプロジェクトはJanとチーム組むと言ってしまったから相当intensiveにやらないと確実にキレられるな。
by machine1984 | 2008-08-23 11:08 | 日常
夏の終わり。
次のプロジェクトが本格的に始まるまで一週間。
オランダでは既に最高気温も低くなり始め、夏の終わりを感じ始めずにはいられない。

未だにプロジェクトの全貌が見えず、これは大丈夫かなと思いながらも臨場感のなさが僕を駆り立ててくれない。

夏休みの旅行も遠出はベルリンが最後で、最近ではオランダ、ベルギーの都市に出かけたり、少しシリアの情報収集をしたり、早くも11月の旅行計画を立てたり、友達と杯を交わしている今日この頃。

昨日、Berlageの勝くんとアントワープに古着屋を探しに行ったら、間違った場所をプロットしていたり、土曜のくせに店が休みだったりと中々ついてなかった。

現時点で決まっていることと言えば、今月末からシリアに行くことくらいだ。(正確にはシリア行きの飛行機に乗ること)

次のプロジェクトはBerlage Instituteというまあ建築界では名の知れたリサーチ機関と一緒にやるプロジェクトに参加することにした。
一応、Stefano Boeriというこれもまた建築界では名の知れたお方がボスらしい。
まあ前回のリーダイクみたいな感じなのだろうけど。

これを選んだ理由は
前期でデルフトっぽい課題を学んだので、後期はベルラーヘMethodを見てみようということや、短い期間で見聞を広められそう、Researchメインの方が解釈の幅が広がる、日本じゃ絶対に出来ないプロジェクト。
という積極的な理由と
僕は変則的にこちらの後期から入っているので、次セメスター(前期)の選択肢が少なく、オーソドックスなものばかりな上に、しかも学年が下がることになる。就職のことを考えると12月前半には帰らないといけない。
という消極的な理由との最適解から、このプロジェクトにした。


渡された資料(architecture and geopoliticsという題の記事)を電子辞書と睨めっこしながら読み通すも、難しい。日本語でも難しい文章を読んだときに良くある、「字面は分かるけど、紙の裏側まで読み通すことができない」状態。

Architecture and Geopoliticsというテーマを元にBerlageとStefano Boeriが中東の都市を調査するらしいのだけど、何故、シリアをリサーチするのにArchitectural and Geopoliticsがテーマになるのか、この意義が良く理解できないでいる。
これはEuropeで成功した事例を手法で中東も(元々はローマ帝国下?)調査してみようというPolitical Correctnessだろうか?

「Stefano Boeriが何者か」と「建築家が行うリサーチの意義」に関しての情報を吸収して、感覚を掴んでからまた自分の中で言葉に変換できたら書こうと思う。

しかし、いずれにしても常にプロジェクトをやるときには建築を建てることが前提で、提案を求められていたわけで、そういうときには常にアプリオリにバイアスをかけてしまう。
一方、リサーチでは、建築を建てることを前提としない建築的な価値の付加が可能。当たり前だけど、この違いは大きい。
だから、先が見えない感覚やアウトプットがどうなるのか全く謎だけど、短い期間でも学べることは幾つかあるだろう。
by machine1984 | 2008-08-17 19:06 | 妄想
ベルリン旅行3 〜歴史を垣間見る〜
ベルリンまで来て有名建築だけしか見ないのは自分自身を豊かにしない。
高校生の頃は世界史を始めとした社会科目は臨場感がなくてモチベーションの湧かない科目だったのだけど、学年が進むにつれて「社会科目は基本的な教養である」とつくづく感じるようになった。

ベルリンに来て少しでも第二次世界大戦やユダヤ人迫害の史実について学ばないわけにはいかないと思い、有名建築を削ってでも史跡は訪れないといけないと思い、Sachsenhausen Concentration Campを訪れる。

・Sachsenhausen Concentration Camp
e0126140_7323091.jpg
ベルリン市内から片道1時間程度の場所にある強制収容所です。ガイドツアーに参加したのですが、何とそのDurationが3時間半。。。
e0126140_7324289.jpg
このConcentration Campでは凡そ5万人の人が殺されたらしい。しかし、ナチスドイツによって虐殺された人々は合計1100万にに上る事を考えると、ガイドツアーが3時間半もかかるような広大な敷地であるにも関わらず、強制収容所の中では本当に些細なものなのだ。当時の悲惨な光景を鮮明に描くことは出来ないけれども、胸が切り裂かれる思いがする。
e0126140_7325575.jpg
この石が敷き詰められた場所に入った瞬間人々は射殺されたらしい。もちろんドイツ語が読めなくても。
e0126140_733115.jpg
当時のバラック。この中にユダヤ人達は押し込められて暮らしていた。トイレやシャワー室は本当に見るに堪えない。
e0126140_7332481.jpg
Station Zと呼ばれる虐殺の場所。掘られた部分に集められた人々は一斉に射殺された。
e0126140_7333627.jpg
キャンパス生地の浮いた建物は中々魅力的。そしてこの白い素材ななんとキャンパス皮。軽い。
e0126140_7335241.jpg
ここでは検診前にシャワーを浴びろと言われ毒入りシャワーで殺された。
e0126140_73456.jpg
現在、ドイツに住むユダヤ人はたった10万人しかいないらしい。

・The memorial for murdered Jewish of Europe
e0126140_7341838.jpg
ベルリンの中心部に作られたピーター・アイゼンマンのThe memorial for murdered Jewish of Europe。
地下の展示空間がないと、なぜこれがユダヤ人の追悼記念碑なのか全く理解できないが、ユダヤ博物館の庭と関係してるから良いのかな。
e0126140_7343177.jpg
長方形のコンクリートブロックと地面の両方が波打っているので、歩いていると深さが変わり外から見ているよりも魅力的な空間体験が出来る。
e0126140_7344789.jpg
内部の展示空間は少しお粗末。

しかし、ベルリンの中心部にこれだけの規模で全く謎な追悼モニュメントを建ててしまうのドイツは凄い。
どこまでが真実かは僕には分からないけれども、ドイツは戦争を反省した国として有名らしく、確かにユダヤ博物館と併せて、これらの建築はドイツが戦争を反省したことの証拠として僕には感じられる。
これは冷戦によってベルリンが東西に分割統治されていた事が逆に良かったのかも知れない。30年という時間は自分たちが戦争で行ったことは謝っていたと表明するに十分な時間になったとも考えられる。
果たしてヒトラーの時代から分割統治されることがなくても、このような戦争を反省しこのようなモニュメント達を建てることが出来たであろうか。

かたや東京に目を向けるとその中心にあるのは靖国神社であるし、東京に第二次世界大戦で日本がやった惨劇などを展示している有名な施設はちょっと江戸東京博物館くらいしか思い浮かばない。
と書いていて、自分の歴史認識がとても危ういという事に気がついた。
中学生のときに裸足のゲンをひたすら読みふけった時期があったが、それと共に十分な教育がなされなかった僕は日本を戦争被害国だと思っている節がある。
しかし、その一方で日本が朝鮮やその他アジア植民地に対してどんな悲惨な行いをしたのかはほとんど知らない。
ほとんどの情報をPCニュースやテレビなどのマスメディアによって得ている自分は「原爆投下によって被害者面をしている」日本を本当の日本と思っていた。

これも友人曰く有名なヴァイツゼッガーの「過去に目を閉ざすものは、現在に対しても盲目となる」という言葉は胸の痛い言葉だ。


・ユダヤ博物館
e0126140_735344.jpg
ダニエル・リベスキンドのユダヤ博物館。
隣の建物から入るというちょっと意外な動線に驚く。
e0126140_7351852.jpg
斬りかかれた窓はかっこいいのか分からないけど、期待を抱いてしまう。
e0126140_735362.jpg
地下からリベスキンド設計の空間へ入っていく。
e0126140_735546.jpg
痛い。
この空間を形容するとこうだ。
ユダヤ博物館に入っていくとこの旅行で見てきた事を思わずにはいられず、そして、斬りかかれた傷跡のような開口が心に突き刺さってくる。
僕が分からないような複雑な政治的・歴史的な問題はあり、全ては分からないにしてもそういった歴史的事情を抜きにしてはこの建築を考えてはいけない気がする。

こんな痛い建築は初めてだ。

e0126140_736723.jpg
Axis of Exile(?)の先にあるGarden of Exile。
e0126140_7362312.jpg
斜めにしたという単純な構成だが、平衡感覚を本当に失う。
e0126140_7363964.jpg
ジグザグの平面に直線の動線を付加することで生まれるVoidが結果としてこのユダヤ博物館の空虚なモニュメントになり、その空虚さに来訪者が自分で意味を付加するというのが主題であると思いましたがこのホロコーストのVoidに入ると、心臓がぎゅっと握りつぶされるような感覚になる。

建築は本当に物語的。
説明されて、納得して、その通りといった感じ。
ちなみにオーディオガイドを借りられるのですが、これを借りないとこの美術館で言わんとしていることなどは全く意味を理解できないのではないかと思う。
建築はそんなんじゃダメなんじゃないかとかいう批判も当然あってしかるべきですが、ユダヤ博物館の場合にはそういった嫌みを僕は感じなかった。
e0126140_7365472.jpg
敷き詰められた無数の顔。何だか叫んできそうな気すらしてしまう。
e0126140_7372483.jpg
また突き刺すようなDeconstructivismな階段室を抜けて常設展示室へと入っていく。
e0126140_737407.jpg
常設展示室に入っても無数の斬りかかれた傷を無視せずにはいられない。
ちょっと残念だったのはやはり常設展示室のレイアウトのされ方が余りにも建築それ自体とマッチしていない。余りにもマッチしてなさ過ぎるので、逆に意図的にそうしているのではないだろうかと疑問になるほどだ。

しかし、一方で展示内容はとても意義のあるものではないだろうかと思った。ホロコーストについての博物館や情報というのはとても沢山あるのだけど、ユダヤ人がどのような歴史をたどってきたのかについての概観できる施設というのはなかったからだ。
イエスを殺害したのがユダヤ人だと言うところから迫害の歴史が始まったという基本的な知識から、法律で職業を制限されたことが現在のユダヤ人が金融関係者が多いという事実に直接的に繋がっていると言うことなどなるほどと思わせられるような内容だった。

コペンハーゲンに行ったときにはユダヤ博物館は内部空間良くないなと思っていたのだけど、実はそのときに僕は気がついていなくて、コペンハーゲンのユダヤ博物館は展示品を除くときに例の「斬りかかれた開口」が必ずガラス面に反射するように内部の形が決定されているのだそうだ。
これを知ると途端に建築が魅力的に思えてくる。
e0126140_7375536.jpg
傷の中から傷跡を見る。
e0126140_738891.jpg
こんな開口は中々良い。
e0126140_7382545.jpg
しかし、常設展示は最後まで建築と調和を持つことはない。
e0126140_7383778.jpg
なんとユダヤ博物館ではオーディオガイドがi Podの第5世代。アメリカの金融世界を支配するというユダヤ人とアメリカの会社であるアップル社。ユダヤ人の現代社会での成功を人々に認識させようとしているのだろうか…。
かなり嫌みだ。

ベルリンを旅すると歴史的なことを考えずにはいられず、同時に自分が如何に知識を持っていないかったのかということを実感します。
特に東ドイツに関しては旅行が終わった今でも良く分かりません。
ただ思ったことは日本では情報が本当に制限されているのではないだろうかということです。
東ドイツの街並みを見てロシア的だと一緒に食事をした彼が言っていたのですが、それを聞いて僕は全くピンと来ませんでした。「似ているとか似ていないとかではなくて、ロシア的なものという印象を僕は全く持っていない。」
全ての情報を網羅することは無理だし、そこに僕の主題は全くないけれども、色々な文化を知ると言うことは同時に自分の文化を知るということでもある。


夏休みももう少し。

次は後期のプロジェクトで行くシリアか。

僕は仏教徒なので、仏教のことも学ばなければ。
クリスチャンの友人から見ると、学期中は四六時中勉強しているストイックさや、ベジタリアンかと思わせるような健康的な食事をする僕はとても仏教徒的に見えるようです。
実は文化庁の宗教年鑑によれば日本人の9600万人が仏教徒なのです。

今度は中東アラブ世界。イスラム教徒が人口の約80%を占める全然違う文化に巡り会うことになりそうだ。

それにしても今回のベルリン旅行は楽しく、とても為になると思えた旅行だった。
by machine1984 | 2008-08-11 07:39 | 非日常
ベルリン旅行2 〜ベルリンの街〜
概して、ベルリンは歩いていても電車に乗っていてもとてもEnjoy出来る街でした。東京で育まれた都市の感覚感覚に少し寄せられる場所があったからではないかと思います。
e0126140_7271538.jpg
ベルリン。ポツダム広場周辺。元々ベルリンの壁の周辺であった為に1990年代になって初めて開発がなされた場所。
この場所に来た瞬間。「ここは日本か?」と思ってしまった。ヨーロッパでは感じることが出来なかった現代的な大都会の感覚に熱狂してしまうも後々冷静に考えてみると、歴史あるベルリンという街で、こういったお台場とか汐留のような再開発をしてしまって良かったのだろうかという疑問は拭えない。
逆に歴史的・政治的な事情が余りにも複雑すぎるこの場所で、本当に歴史を考慮し、政治的事情を考慮したら何も出来なくなってしまうのではないだろうかとも思う。
と考えると、意外とこのような埋め立て地に行うような再開発も悪くないかも知れない。ヨーロッパにおいては逆に新鮮かもしれないし。
e0126140_730946.jpg
ベルリンの壁は申し訳程度に残されている。
e0126140_5211084.jpg
今回のベルリン旅行は途中から以前もブログに登場したスポ愛同期のゆっこと一緒に旅行していました。そんな彼女とベルリンの壁。忙しい中構ってくれどうもありがとう。
e0126140_7281564.jpg
小さな広場などは非常に上手く使われている。
e0126140_7282644.jpg
高架下にはどこもおしゃれなお店が沢山。
e0126140_7291757.jpg
旧国立博物館の前の建物はこんな悲惨な状態。これは極端な例にしてもベルリンに対して最初に抱いた印象は「背骨がない」ということでした。
日本の山手線やアムステルダムのCanalのように都市の骨格を決めるものがない。
電車も駅前が栄えているわけではないし、トラムは一部しか走っていない。
街区も完成していない場所がとても多い。界壁が見えている場所が圧倒的に多い。
e0126140_7292793.jpg
しかし、旧国立博物館前の広場はとても心地良い。
e0126140_7413093.jpg
街区の内側を商店化した地区。
e0126140_7294162.jpg
9個くらいの中庭で構成されているのだけど、とても気持ちが良いし、Educatedされた雰囲気がとても良い。
e0126140_7295551.jpg
ここがベルリンの中心でしょうか?綺麗な門ですね。
e0126140_7283752.jpg
夜は食事をし若者が集まるビーチバーへ。
e0126140_729085.jpg
ゆっこの同僚に誘われてナイトライフも楽しんでしまった。
ドイツのクラブはテクノの割合が多い。

「外資系、外資系、ITベンチャーの社長、そして僕」というあり得ない組み合わせ。
まず英語完璧すぎです。全員ネイティブにしか聞こえません…。
同年代ですがEducationのレベルが違います。
この差は一体、何なのだろうか。
しかし、こういった機会を持てることは本当に幸せなことだと常々思います。

開成時代から出自の違いなどを実感する事は多々ありましたが、帰国子女の人は魅力的だなと思うようになりました。
Identity Crisisがあったりと彼らは彼らなりの悩みがあるのは推して知るべしですが、色々な体験をしているし、バイタリティもあるし、洞察力もあるし、知識もある。
まあ幼少期をまともに海外で過ごせるなんて家柄良くないと中々出来ないと思うから、その時点で教育のレベルが全然違うと言ったらそこまでですが、少なくともゼネラリストとしての素養が高いですね。

そして、やはり感覚が魅力的です。
僕は東京一本の人間で完全に自我が形成されてしまいましたが、自我の形成過程で異なる二つの文化を吸収すると、とても魅力的なセンスが磨かれると思います。
僕の友人も大好きな宇多田ヒカルの歌詞なんて純粋な日本人には絶対に書けないと思う。
しばしば自然じゃない日本語が逆に日本語にはないけど、現象としては存在していた感覚をDescribeしていて、新鮮で魅力的だったりする。

論理で説明できないことを平気でやってのけるみたいな才能はとても魅力的だ。
by machine1984 | 2008-08-11 07:30 | 非日常
ベルリン旅行1 〜モダニズムから現代建築へ〜
さて、という訳で先週はベルリンへ旅行に行ってきました。
前回のスカンジナビア旅行に比べると随分と短い期間ではありましたが、今回もとても刺激的な旅行になったと思います。
今回は余り自分にとって重要ではない建築は省いていこうと思います。

ちなみに宣言しておくと、良いと思った建築は順に。
ユダヤ博物館 >> 国会議事堂 >> レムケ邸 > オランダ大使館 ≒ 中央駅
です。
そして、ベルリンの街は良い。
こちらに来てからの旅行の中ではストックホルムについで二番目に好きな都市になりました。

・New National Gallery
e0126140_7161850.jpg
というわけで、最初に登場するのはやはりミースのNew National Gallery。
e0126140_7163088.jpg
このプロポーションを見た瞬間、クンストハルは完全にこの建築を意識して作っていると思った。
似すぎ。
e0126140_7164259.jpg
内部と外部で格子のグリッドが違っている。
e0126140_7165640.jpg
スケールはヒューマンスケールを完全に逸脱していて、予想していた以上にgiganticな建築だった。しかし、柱はちゃんと軒に完全に一致しないようにずらしていたりと"less is more"の為のデザインは施されている。
e0126140_717811.jpg
地下庭園。とても綺麗に整備されている。

ドイツまで旅行に来て展示が、Japanese Photographerの杉本博司の個展だったので最初は少々ガッカリしたのだけど、杉本博司の"The Japanese"な写真がミースの空間(素材感なども含め)に物凄いFitしており、日本人の美意識を刺激する建築(家)なのだなと再認識した。
この展示との相性の良さは凄く良いとは思ったものの、建築自体は堅すぎる印象が否めなかった。しかし、このストイックさがモダニズムなのだろう。

・レムケ邸
e0126140_7184561.jpg
次はミースのレムケ邸。
経年劣化の結果が、National Galleryで見せた重さや堅さを奪い取ってくれたのか、非常に心地の良い空間が広がっていて、ついつい居眠りをしてしまうほどだった。
よく言われる「透明な空間」みたいなのを僕は理解できないのですが、こんなにピュアなモダニズム建築でありながら、心地良さを実現している建築は初めてでした。
e0126140_838173.jpg
構造が全く隠され、窓ガラスが地上0cmまで続いているのが、庭との一体感を作っている。

ここからしばらく自分の頭の中でもまとまっていない私見を話します。

僕はミースの建築はとても日本人の美意識にあっていると思います。ミースの建築が日本の今の現代建築のお手本だという話も良く聞きます。
しかし、日本の現代建築はミース建築からどれくらい進歩したのでしょうか?
これが僕には分からない。
ウッツォンの建築とか、そんな古い現代建築の方が感動してしまいます。

この感覚はとてもやばいのではないかと本当に思います。
建築学科は思想的な話を出来るという点に置いて、とても魅力的だと思います。
しかし、これは同じフェイズでの話に留まりかねないと思うのです。

例えばUN Studioの思想的な部分とか僕は全然知らないけど、彼らは(少なくとも当初は)新しかった建築生成のプロセスを用いて既に世界トップクラスの建築事務所になっている。こういった態度は見習わないといけない。
僕にとって安藤忠雄やSANNAの凄いところは「自分が何をすべきか」「何を求められているか」を(意識・無意識を問わず)把握してJapanese Minimal を確立している点で、伊東豊雄が凄いのは過去の技術では決して出来ない新しい建築を作っている点だ。

何が言いたいかと言えば、東大ならば建築を工学としてどう進歩させるかも考えないといけないのではないだろうかということ。
と留学してつとに思っています。
東大(TU Delftも)では建築は工学なのだから時代の進歩に併せて進まなければいけない。折角、工学の得意な日本にいるのだからテクノロジーは駆使しないといけない。
それが国民性に依拠していれば良いが、本当に社会に貢献するのか怪しい作家性を武器にするのはナンセンスだ。
社会に貢献していなければ、収入が低いのは当然だし、社会に貢献していればある程度まともな収入は得られるはずだ。

留学の残りの期間はゼネラリスト的に色々なことを学びたいけれども、日本に帰ったら留学してきた日本人としてすべきことは何かと考えて東大での研究をしようと思う。


さて、気を取り直して。

・ベルリン中央駅
e0126140_7172195.jpg
ベルリン中央駅この断面構成のダイナミックさはとても魅力的だ。ガラスと鉄のいかにもドイツハイテックといった感じの建築でありながら、良い感じに洗練されていないところがたまらない。

・DZ Bank
e0126140_7173446.jpg
物凄い魅力的な雰囲気を醸し出すDZ Bankですが、何とガイドツアーがやっておらずこれ以上中に進めなかった…。

・Dutch Embassy in Berlin
e0126140_7174798.jpg
OMAのDutch Embassy in Berlinです。

いつも通り劇的な感動はないけれど、これはOMAの建築にはあり得ないくらい洗練されている。美しい。
アルミで覆われた近未来的な外観が大使館というSophisticatedされているべきである空間として成功していると思う。
e0126140_718055.jpg
内部には幾つかの"James Bond Door"が仕掛けられています。メインの動線空間が歩いていて本当に気持ちいい。
e0126140_7181362.jpg
外皮の扱いが綺麗。
何だかOMAっぽくない誰もが好感を抱きそうな建築。

・Olympic Stadium
e0126140_7185950.jpg
いわゆる有名建築ではありませんが、残念な建築の代表例です。
ペローのヴェロドームもその一つなのですが、ベルリンは2000年のオリンピックに立候補しており、最後の最後にシドニーにオリンピック開催地をさらわれたという過去があります。
つまり、このスタジアムとヴェロドームは「本来の役割を果たせなかった建築」なのです。
東京が2016年にオリンピック開催地となるかはまだ分かりませんが、こんな事にはなってはいけない。
e0126140_7191282.jpg
1936年のオリンピックスタジアムをリノベーションしています。その発想にはとても共感し、パンフレットの新築部分が綺麗だったので期待していきました。この外観はとてもきれい。屋根がどうなっているのか期待を抱かせます。
e0126140_7192897.jpg
英語解説だったので不確かですが、床石は1936年当時のもののようです。スラブの腐敗が激しかった為に一度、全てを剥がし、補修をしてから同じ場所に張り直したのだそうです。
e0126140_7194111.jpg
期待を抱きながらグラウンド内にはいると。
e0126140_719537.jpg
少々残念なリノベーション結果…。ガラス部分も幕部分も洗練されていない…。
ベルリンオリンピックのメインスタジアムをリノベーションするというアイデアはとても秀逸だと思うのですが、新旧の対比を鮮明に出した方が良いのではないかと思った。

・Gallery La Fayette
e0126140_7201161.jpg
Jean NouvelのGallery La Fayette。一発勝負の建築といった印象。
e0126140_7203531.jpg
上を見ても下を見ても美しい。
e0126140_7204987.jpg
内部にはいくつもの円錐・逆円錐型のトップライトがあり、ある部分ではこんな終わり方をしている。楽しい。
e0126140_721236.jpg
それにしてもやっぱりデパート建築はとても難しい。
勝負するところが常にファサードと中央吹き抜けに限定されてしまう。
与条件が厳しすぎる。

・German Parliament
e0126140_7211668.jpg
第二次世界大戦で爆撃、損壊したままになっていた建物をフォスター先生がリノベーションした建築。
国会議事堂がこんな透明で軽い建築で作られていて、ドイツ国民も観光客も訪れる場所になっているなんて、美しすぎるではないか。
e0126140_7212968.jpg
日光を追随するシールド。驚きのスケール感だ。上手い。
e0126140_7214178.jpg
このガラスの塔をどう支えているのかが全く不明。全ての応力が引っ張りだけしかかからないにしても部材の数が圧倒的に少ない気がする。上手い。
e0126140_7215338.jpg
どこを見ても終始活気に満ちあふれている。上手い。
e0126140_722535.jpg
完璧とは思わないけど、十分に考えられている事を容易に察しがつくディテール。上手い。
e0126140_7222969.jpg
一番上にガラスが入っているのかいないのか全く不明…。上手い。
by machine1984 | 2008-08-11 07:23 | 建築
アムス日和
忙しすぎても日記を書かないが、こう不規則な生活をしていても日記を書かなくなる。
縛りのない不規則な生活は緊張感を削いでしまう。
ルームメイトのいない家は少し掃除が億劫になる。
そして、数年ぶりの重度の歯痛。。。
食生活の変化が虫歯を生んだか、はたまた23歳にしてやっと親知らずが動き始めたか、それとも重度の知覚過敏か…。

とにかくこの一週間くらい精神的に緊張感がなくなっている。


そんな中ではあるけれど、最近何かとAmsterdamに出かける事が多い。
両親を案内したり、Gay Paradeがあったり、Eventがあったり、友人が来たり。。。

東大OBの方々と共にAmsterdamの建築史を学ぶガイドツアーに参加し、街区形成の変遷やファサードのでき方、ブラウンフィールドの再生例、アムステルダム派の建築などTouristよりも突っ込んだレベルでアムスの歴史を聞く事ができた。

そして、開成のときの同級生の外山がオランダを訪れていたので、久々に再会した。
高校の同級生はやはり良いものだ。
進路が違っても、気心が知れているので話が通じる。普通の話ができる。
「日本人」として話をしてくれるので、半年前と今の自分の心の持ちようの違いを如実に感じる。
こういった経験は残り4ヶ月で何度もあるものではないから、途中途中で自分を再確認できる良い機会だ。


んでもって、先週末は自由の街、アムステルダムでGay Paradeがあった。
Berlageの勝くん、松田さん、Norman Foster事務所のトウドウさんとで出かける。
e0126140_439135.jpg
アムスらしくCanalをパレードするこのパレードは見ての通り、物凄い人口密度。
European Timeで集合してしまった為に完全に出遅れ、中々ViewPointを確保できないもののこの活気はやはり凄く良い。
CanalをパレードするGay PaladeだからQueen's Dayと違って一極集中だけど、公共交通が麻痺していないし、この夏の時期に普通に観光したい人にはそれを許容している。そして、都市のMain Structureであるcanalを使っているし、道路を歩くParadeよりも断面的に確実に面白い。
e0126140_440161.jpg
見るに堪えない可能性が高いので大分ぼかしました。
世界で初めて同性同士の結婚を認めたオランダでは同性愛者に対する差別は男女差別と同レベルの性差別であるとOfficialに見なされている。

しかし、「同性愛者であるから」という理由で10代の若者が公の場で絞首刑に処せらるという事件も数年前にイランであったと記憶している。

どちらの言い分も僕には理解できるし、これは個人の違いではなく、文化の違いであるから強く主張はしないけれど、社会的に批判を浴びそうな自分の本質を積極的に表現していける場が用意されているのは羨ましい事だと思う。
日本でゲイとか告白したら、一瞬で排他されてしまいそうだし。

少し話のベクトルはずれるけど、こういった排他の精神は発展途上国に対する援助に関しても然りではないかと思う。
多分、日本は途上国援助において金銭面では抜群に貢献しているに違いない。過去の植民地が多くないのにである。
しかし、金銭的な援助で満足してはいないだろうかという疑問が湧く。
むしろ、途上国援助においてお金だけあげてはいけない。お金とソフトの組み合わせをあげることが本当の援助であるはずだ。

待っていれば死なないだけのお金が降ってくるような状況をつくることは「そこの住民を物乞いにすることと同値」である。(同じ論理でオランダのような過度の福祉も良くない。)
働く必要がない状況をつくってしまうのはSustainableじゃないし、これではその国は永久に自立できない。

ソフトの一つとしてはやはり「学校の建設」がある。
学力のある子供を育てることは有効な投資の一つである。

それと共にやはり今の雇用の創出が大事。普通だけど。
ただ、ここで大事なのは、ただ耕作するとか、ただ製品を作るとかではなくて、「自信を持てる職」を創出することではないかと思う。
余りに小さな穴しか見えていないことは承知で展開してさせてもらう。

国を変えるには規模が小さすぎるけれど、Freitag(スイスだけど)のように目から鱗が落ちるような価値創造の仕方は途上国の方が可能性を秘めていると思う。特にアジアや中東の国には歴史があるのだから、何かあるはずだ。
1,2年の流行で終わらない競争力のあるOriginalな職をつくり、その規模が拡大すれば「自信と責任感とモチベーション」が生まれる。

本郷から自転車で言問通りをずっと下った入谷の近くに、バングラディッシュの麻みたいな特産生地でバッグを作るというお店がある(http://www.mother-house.jp/home.php)けど、このお店がやっている事は規模はまだまだ小さきけれど、理想的だ。
特産生地を使い、現地で鞄を作る。日本とバングラディッシュでは物価が違うので、店自体の利益率もかなり高いはずだ。
その利益を頭金に事業の拡大もできる。事業が拡大すると、現地では雇用が生まれる。
工場が大きくなっていくことで、元からいる工員は自信と工場内で相対的に高い地位をえることでモチベーションが生まれる。

この例はSoftの面とPhysicalな面が行き来している上に途上国援助として社会的に価値がある。
東京だけしか見ていないと中々気がつかないが、ベンチャー企業のチャンスは実は幾らでもある。
僕も10年後か15年後日くらいにはこんな会社を作りたいものだ。


もう一つ書くと、やっぱり「高いものを買って長く使う」ということは大事だと思った。Visual的に付け加えると、「普通から少しだけデザインされているもの」「結果として普通とは少しだけ違うもの」が良いと思う。
値段が高いもの、資源投入量の多いものほどそうであってほしいと思う。
建築も車もパソコンも洋服も。
全く普通のものでは心が豊かにならないし、全くデザインされているものは長続きしない。
ミニマルな家は衣替えによって気分を変えられる。
壁のポスターを貼りかえればそれで十分なのだ。

これで好きなデザイナーが原研哉とかナガオカケンメイとか答えてしまう上に前に無印良品のブランディングを勝手に賞賛してしまっているのだから、もはや無印良品の回し者のように自分でも思えてきてしまうが、さすがにそこまでストイックではない。

と書いていて、自分の洋服は何故かTシャツだけ異常にテイストが違うことに気がついた。
他の服に比べてTシャツだけ派手だ。
これは僕の意識が貫徹していない部分でもあり、僕にとってTシャツは服よりもグラフィックとしての認識が強いせいかもしれない。


そういえば最近、前期にやり残したUpper Intermediate Englishのとても分厚いGrammar bookをしこしこやっている。しかし、為にはなるがどうにも身が入っていなかった。

やはりあるときに僕が考えを巡らす事ができるのはやはりそのときに自分が渦中にあるものだけだ。

というわけで、30時間後くらいからベルリンに行ってきます。

これが終わったらそろそろSyria Projectの準備だろう。

今日の文章は格別脈絡がない。
これこそ僕の緊張感のなさの何よりの証明になっているな。
by machine1984 | 2008-08-04 21:19 | 日常
みんないなくなり、そして1人。
しばらく、こちらに来ていた両親が帰国し、ふと一息ついて思った事は前期にお世話になった人の多くがいなくなってしまった。
ということ。

スカンジナビア旅行に行く前に岩間さんを見送り、スカンジナビア旅行から帰ってきた翌日には元同僚のPavelを見送り、前期に困ったときいつも相談に乗ってくれた中川さんを見送り、最後に両親を見送った。

その他にも何度も「さようなら」を言って、手を振る側として旅立つ友人達を送り出し、気がついたときには気の置けない友人達の多くがデルフトを離れてしまっていた。

特に日本人男子が1人になるのは正直ちょっと心細い。

別に毎日一緒にいたわけじゃないけど、週に一度、“話の通じる人”と日本語を話して落ち着くときは何度もあったし、イベントなどの時に一緒に行けるのは気持ちが楽だった。

しかし、これからは全て1人…。

またプロジェクトが始まれば、忙しくしている中に色々と見いだす事があると思うけど、たった二ヶ月程度の次のプロジェクトが終わる10月末になれば、後は少しの勉強と旅行して帰るだけになってしまうし、何事も自分からActiveに動いていかないと。
誰かが誘ってくれるのを待っていたら時間はいつの間にか過ぎていってしまう。

留学もいつの間にか半分を優に過ぎていることに気づき、根拠のはっきりしない焦りが生まれてきた。

気持ち良すぎる気候に、1人でぼーっとしているだけで、一日があっという間に過ぎていってしまうし、夏休みなんだからそれも悪い事ではないんだけど、折角そういった焦りが生まれている事だし、それを肯定的に受け入れて、「今日は○○をした。」と毎日言えるように過ごしていきたい。
by machine1984 | 2008-08-01 02:25 | 妄想
自分たちの抱く印象と、他人の抱く印象
8月上旬のベルリン旅行の計画を立てながら、暇さえあれば、「人志松本のすべらない話」や「恋のから騒ぎ」を見て、リズミカルな日本語に久々に感動しているこの数日。

夏休み、ですね。

こちらでは今はセール期間なのですが、このユーロ高でさえ日本でバカ高い洋服が安い。
僕は運良くこの一年間で一番ユーロが安かったときに換金しているのと、オランダ人は日本人とは趣味が違うのとが相まって、異常なお得感で服を買えてしまう…。
アントワープ以外では東京のようにオシャレな店がそこかしこにあるという訳には当然いかないのだけど、日本の通販で30000円もする上に売り切れのRAF by RAF Simonsの靴が50ユーロ台でサイズがあったりする。

完全に「買い」ですね。

逆に日本ブランドはこっちでは高すぎるので、買いません。いや、買えません。値札を見ずに判断したいのは山々ですが、170ユーロの裏に13650円なんて書いてあったら、目玉が飛び出します。
住んでいる土地に見合ったブランドを買えと身にしみて感じました。


日本における「日本ブランド」は海外ではそのグレードが全然違うのだという事を実感します。

Comme de Garsonなんかを着ていたら(僕は着てないけど)、スーパーオシャレさんとして神のように崇められたりしますが、僕の中でこの「日本ブランド」である事を上手く利用した最たる例が、「無印良品」です。
無印良品はこちらでは「環境に配慮し、素材が元々持っている素材感を生かしたミニマルなデザイン」として、日本の250%くらいの値がついています。
当然タグなどは日本のそれのままですが、「絶対読めないでしょ、これ!!」みたいな突っ込みは逆に「読めなくたって、分かるんだから別に良いでしょ」という肯定的な印象を与えるようです。

棚も日本のように山積みではない密度で、クリーンでリッチな雰囲気を醸し、その結果、パリではISSEY MIYAKEの隣という日本じゃ考えられない場所に店を構えていたりします。

日本人の見ている日本とヨーロッパの人が見ている日本は全然違うのだという事を自覚した上手い戦略だなと思います。

日本にいたら中々実感を持って語れないようなこんな経験をしているのだから、他人が思い描いている印象というのをなるべく正確に思い描けるようになりたいものだ。
by machine1984 | 2008-08-01 02:23 | 妄想



渡辺典文 / Norifumi Watanabe The University of Tokyo Graduate School of Engineer Architectural Department Master Course
by machine1984
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31